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健康寿命を延ばす神奈川県の取り組み:未病と未病指標(前半)

実際の医療現場に従事されている皆さまに執筆いただき、健康に役立つコラムを展開しています。コラムカテゴリは健康マスター検定の公式テキストカテゴリーに揃えています。
公式テキストと照らしあわせていただくことで、幅広い学習をしていただけます

健康寿命を延ばす神奈川県の取り組み:未病と未病指標(前半)

健康寿命をのばす(前半)

若い頃の生活習慣が、将来の健康状態にも影響を与える上、その健康状態にはグラディエーションがあることに気がつきます。病気と「診断」されたり、病気を「発症」したりしたから不健康、そうでなければ「健康」という二元論は、必ずしも成り立たないということです。この点に着目したのが、神奈川県が掲げる「未病」という考え方です。

 

■感染症は以前から人々の健康に大きな影響を与えてきた

この1年あまり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響が世界中で広がっています。このように、感染症は今までも人類に大きな厄災として降りかかってきました。今のように医学や細菌学などが発達していなかったつい数百年前までは、感染症の原因となる「細菌」や「ウイルス」の存在さえも知られておらず、感染症のパンデミックが発生するたびに多くの命が奪われてきたのです。実際日本でも、1950年まで死因の第1位は「全結核」でした。しかし、急速な科学の進歩や衛生状態の改善に伴って、様々な感染症が「制御」されるようになりました。結核であれば、ストレプトマイシンと呼ばれる抗生物質による効果的な治療や、BCGワクチンの普及によって予防・治療の成果が飛躍的に向上し、現代では結核の罹患率・死亡率ともに低くなっています。残念ながら、COVID-19はまだ現時点で「制御」されている段階にはありませんが、蔓延(まんえん)から1年足らずでワクチンが開発・実用化されている点は、科学の進歩に伴う素晴らしい成果とも言えます。

 

■人類の新たな脅威「非感染性疾患」

そのような科学の進歩を以てしても感染症の脅威が消失することはありませんが、その一方で人々の健康に与える影響が高まっているのが非感染性疾患(NCDs: Non-communicable diseases)です。日本で使われる「生活習慣病」(以前は「成人病」と呼ばれていました)と非常に近い概念で、生活習慣や社会環境などの改善によって予防が可能な慢性疾患のことを指します。がん・心疾患・脳血管疾患など、現代の死因上位を占める疾患の多くがNCDsで、世界保健機関(WHO)は、NCDsが世界の死因の約71%、そして日本の死因の82%を占めていると指摘しています。

このような慢性疾患を発症するのは、中高年になってからの場合が多いのですが、その発症には、若年期の行動や生活習慣が大きく影響することが知られています。例えば20代の喫煙者が、すぐに病気を発症することは多くありませんが、長年の喫煙歴は、肺がんをはじめ様々な慢性疾患の将来の発症リスクを高めることが知られています。つまりNCDsのリスクを管理するためには、生涯を通じた取り組みが不可欠なのです。このような考え方は「ライフコースアプローチ」と呼ばれています。もう一つ重要なことは、NCDsを発症したとしても、その後の生活習慣改善などによって重症化のリスクを低減させることも可能な場合が多い点です。2型糖尿病は、体質に加えて食べ過ぎ・運動不足などの生活習慣を原因として発症すると考えられており、ひとたび発症すると完治が難しい疾患とされています。病気が進行すると腎疾患や網膜症などの重い合併症を発症してしまう可能性もあります。しかし近年の研究では、2型糖尿病を発症した後に生活習慣を徹底的に改善することで、実質的に完治に近い状態を維持できることが分かりました。

 

■未病とNCDs(非感染性疾患)

このようにNCDsを念頭に置いた場合、若い頃の生活習慣や状態が、将来の健康状態にも影響を与える上、その健康状態にはグラディエーションがあることに気がつきます。病気と「診断」されたり、病気を「発症」したりしたから不健康、そうでなければ「健康」という二元論は、必ずしも成り立たないということです。この点に着目したのが、神奈川県が掲げる「未病」という考え方です。神奈川県によれば、未病を「心身の状態を健康と病気の二分論の概念で捉えるのではなく、『健康』と『病気』の間を連続的に変化するものとして捉え、この全ての変化の過程を表す概念」と定義しています。このような考え方は、WHOが提唱する「内在的能力(intrinsic capacity)」という概念とも近く、国が策定する「健康・医療戦略」にも「未病の考え方などが重要になる」といった表現が盛り込まれるなど、注目が集まっています。また、未病の改善に向けた取り組みとして、神奈川県はライフステージに応じた食生活・運動習慣・社会参加などの改善を推進しており、ライフコースアプローチの考え方とも合致しています。

 

■未病の状態を測定するための指標づくり

ところで、国や神奈川県などの自治体が様々な取り組みを進めることは、地域の健康状態を高める上で大切なことですが、実際の未病改善には、「個人」の生活習慣や行動の改善が不可欠です。しかし、健康に「良い習慣」や「正しい行動」がなんとなく分かっていても、なかなか合理的な行動をとることが出来ないものです。行動を変えるためには、今の「問題点」を認識して、その問題点を改善するための行動に移す必要があります。つまり、生活習慣の改善には、まず正しい現状認識が必要なのです。

このコラムをお読みの皆さんは、ご自身の健康状態を正しく認識されているでしょうか?定期的に健康診断を受けていらっしゃるかもしれません。しかし、健康診断の検査項目は多岐に亘る上、個別の検査値が「正常」か「異常」かは分かっても、全体的な健康状態を俯瞰するには少し難しい部分もあります。また、現在の健康状態が将来の健康にどのような影響があるかをイメージすることも容易ではありません。そこで神奈川県では、未病の状態を測定し、将来の健康状態が予測できるような指標づくりに乗り出しました。2020年3月に「未病指標」と呼ばれる新たな指標が発表されたのです。

次回は、この「未病指標」の考え方や活用法についてご紹介したいと思います。

 

出典

World Health Organization(2018). Noncommunicable Diseases (NCD) Country Profiles. Retrieved May 2nd, 2021 from https://www.who.int/nmh/countries/2018/jpn_en.pdf

神奈川県(2020)「未病指標(ME-BYO INDEX)」 Retrieved May 2nd, 2021 from https://www.pref.kanagawa.jp/docs/mv4/mebyo-index.html

 

 

【公式テキストp18参照:「未病」を解決する】

 


渡邊 亮(わたなべ りょう)

 

神奈川県立保健福祉大学 ヘルスイノベーション研究科 准教授
博士(商学)・公衆衛生学修士(専門職)

 

オハイオ大学(医療管理学専攻)卒業、外資系病院コンサルティング会社に約4年間勤務後、東京大学大学院医学研究科公共健康医学を修了、公衆衛生学修士(M.P.H.)を取得。2012年より一橋大学大学院にて博士(商学)を取得。東京医科大学、神奈川県庁を経て現職に至る。現在は、医療情報を活用した医療政策・医療経営研究を行っている。

 

 


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