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健康寿命を延ばす神奈川県の取り組み:未病と未病指標(後半)

実際の医療現場に従事されている皆さまに執筆いただき、健康に役立つコラムを展開しています。コラムカテゴリは健康マスター検定の公式テキストカテゴリーに揃えています。
公式テキストと照らしあわせていただくことで、幅広い学習をしていただけます

健康寿命を延ばす神奈川県の取り組み:未病と未病指標(後半)

健康寿命をのばす(後半)

「未病」を改善するためには、個人が、現在のみならず将来予想される健康状態を自分自身のこととして捉え、良い習慣や健康な生活を自ら選択していくことが大切です。現在と将来の未病状態を見える化し、個人の選択を支えることを目的として、神奈川県は2020年3月、「未病指標」と呼ばれる新たな指標を発表しました。

 

良い習慣を取り入れるためのきっかけづくり

読者の皆さんは、すでに良い習慣を取り入れ、健康な生活を送っている方も多いかもしれません。一方、忙しい日々を過ごす中で、新たな習慣を始めるきっかけを見つけられずにいる方もいらっしゃることと思います。

良い生活習慣を取り入れて日々の行動を変化させていくことを行動変容と呼びますが、行動を変化させるまでの過程を捉えたモデルとして「行動変容ステージモデル」が有名です。このモデルによると、そもそも行動の改善に関心がない人に対しては、現状の課題や行動変容による利点を認知してもらい、まずは行動の改善そのものに関心を持ってもらうことが不可欠です。その後も、具体的にどのような行動をとれば良いのかという手段やプロセスを知らせ、具体的な目標設定を支援することで実際の行動変容に結びつけます。

 

未病指標と行動変容

未病指標は、現在の状態と予測される将来を「見える化」し、適切な情報提供を通じて個人が未病改善に向けた目標に基づき行動変容を実現するための仕組みとして開発されました。神奈川県は、指標開発に当たり、健康・医療の専門家に加え、行政・企業・保険者等の各分野にわたる有識者によって構成される研究会を設立した上で、健康に関する指標に関する過去の研究などについて調査を行いました。研究会では、未病指標を「個人の現在の未病の状態や将来の疾病リスクを数値で見える化するもの」と定義した上で、未病指標に必要な要件として5つの点を定めました。

 

未病指標を算出するための15項目

神奈川県と有識者による研究会では、健康に関する指標の調査や、内在的能力(intrinsic capacity)を測定するために世界保健機関(WHO)が提唱する5つの領域などを参考に、未病指標算出のための測定項目として4つの領域計15項目を特定しました。それぞれの項目は、過去の研究で科学的な検証が行われ、かつ容易に測定が可能なものが選ばれています。

未病指標の算出には、神奈川県が無償で提供している健康情報管理スマートフォンアプリケーション「マイME-BYOカルテ」を用いて、身長・体重などの情報を入力していきます。認知機能を測定する記憶テストや手足や背骨に関する質問は元々紙を使って行われる検査ですが、アプリ上で検査が行うことができます。歩行速度の測定、心の状態の測定も、アプリを使って簡単に測定することができます。

 

未病指標の使い方

未病指標は、スマホのアプリを用いることで、自宅などの生活環境でも比較的手軽かつ定期的に健康状態を測定することができます。また、測定結果に関連した健康情報にリンクしているため、どのように測定結果を解釈し、どのように生活を改善したら良いかといった具体的な行動変容の糸口が見つかります。つまり未病指標は、行動変容に向けた課題の認知や、具体的な行動に向けた情報提供の役割を果たすことが期待されているのです。

 

未病指標のこれから

未病指標の活用が拡大することによって、様々な可能性が期待されています。直接的には、未病指標を使った方が自身の意思で習慣を見直し、健康で幸せな生涯を送る人を増やすことが最大の狙いと言えるでしょう。さらには、未病指標が様々な場面で活用されることで、健康な社会づくりに資する産業や研究が発展することも期待されています。例えば、未病指標を用いた効果検証によって既存の健康サービス・商品の科学的根拠を高めたり、未病指標の改善度合いに基づいた金融サービスのような新たなマーケットの創造もあり得るかもしれません。

未病指標自体も、より簡易に、かつ科学的根拠の高い指標となるように、さらなる進化が期待されます。指標の算出に手間や時間がかかれば、利用者にとっては負担が大きくなってしまいますが、科学的な妥当性を欠く指標では意味がありません。そこで、私の所属する神奈川県立保健福祉大学の研究チームでは、神奈川県とともに未病指標の正確性や予測機能の充実に向けた研究を行っています。将来的には、より詳しい項目を知ることのできる詳細な指標との連携や、個別化されたアドバイス・情報が企業などから提供される仕組みの検討も進められています。時間のかかる地道な研究ですが、このような研究を踏まえて、未病指標の価値が高まっていくことを願っています。

 

 

出典

Prochaska, J. O., Redding, C. A., & Evers, K. E. (2008). The transtheoretical model and stages of change. In K. Glanz, B. K. Rimer, & K. Viswanath (Eds.), Health behavior and health education: Theory, research, and practice (p. 97–121). Jossey-Bass.

World Health Organization(2018). Noncommunicable Diseases (NCD) Country Profiles. Retrieved May 2nd, 2021 from https://www.who.int/nmh/countries/2018/jpn_en.pdf

神奈川県(2020)「未病指標(ME-BYO INDEX)」 Retrieved May 2nd, 2021 from https://www.pref.kanagawa.jp/docs/mv4/mebyo-index.html

日本健康マスター検定公式テキスト p18参照:「未病」を解決する】

 

 


渡邊 亮(わたなべ りょう)

神奈川県立保健福祉大学 ヘルスイノベーション研究科
准教授   博士(商学)・公衆衛生学修士(専門職)

 

オハイオ大学(医療管理学専攻)卒業、外資系病院コンサルティング会社に約4年間勤務後、東京大学大学院医学研究科公共健康医学を修了、公衆衛生学修士(M.P.H.)を取得。2012年より一橋大学大学院にて博士(商学)を取得。東京医科大学、神奈川県庁を経て現職に至る。現在は、医療情報を活用した医療政策・医療経営研究を行っている。