【健康な高齢化・各論③精神的能力(前編)】『笑いの医学的効果』
百年健幸を目指して始めたライフワーク『笑顔と健幸プロジェクト』を通じ、WHOが提唱する“ヘルシー・エイジング(健康な高齢化)”を社会実装すべく活動しております。具体的には、“機能的能力”を決定する精神的能力、身体的能力、生活環境の開発および相乗効果を促す取り組みをしており、実例やその背景を紹介していきます。
今月から3回に渡り、個人の“内在的能力”のうち“精神的能力”に焦点を当ててご紹介していきます。
私は『笑顔と健幸の伝道師』という名での活動もしており、日本笑い学会の“笑いの講師団”にも所属しております。そこでまず今月は『笑いの医学的効果』について概説します。今回はエッセンスについてスライドを中心にお話しします。
みなさんの日常には、ただちに精神健康の増進に役立つ行為が少なくとも3つあります。それはよく笑うこと、おしゃべりすること、そして誰かと一緒に食べることです。
まず、よく笑う人は長生き1)します(図1)。
図1
ではどうしたらよく笑えるのでしょうか?ある研究2)にて、誰かと話す頻度や人数が多いほど、よく笑う傾向が示されました(図2)。
図2
反対に、社会的つながりが希薄であることは死亡リスクを高める3)という報告もあります(図3)。社会的孤立は、6月のコラムの図3で触れた65歳以上からでも修正可能な認知症危険因子にも挙げられております。また、同コラムの図1で触れた健康長寿の三要件の一つであるフレイル予防の観点からも対策が重要です(精神的・社会的フレイル)。
図3
同じ報告書の中に、示唆に富むデータがあります。それは同居者がいるにも関わらず普段から孤食だと、うつ傾向のリスクが4倍も高く、肉体的フレイル、オーラルフレイル、栄養面でのリスクも1.6〜1.8倍高まる4)というものです(図4)。これは、一人暮らしで普段から孤食である人のリスクを全ての項目で上回っており、特にうつ傾向で顕著です(倍率は、同居人がいて普段から共食の人のリスクを基準にしております)。
図4
図1〜4から導き出される精神健康向上のスローガンとして、私は“共食共笑”を掲げて活動しております(図5)。たくさんの人と食卓を囲めば、話も弾んでよく笑い、お料理もいつも以上に美味しいと感じられる(口福;こうふく)ものです。生きることは食べること、まさに医食同源ですね。
これが本日の冒頭で述べたよく笑うこと、おしゃべりすること、そして誰かと一緒に食べることを精神健康のために勧める根拠です。
図5
先ほど孤食とうつ傾向の相関をお示ししましたので、次は笑いはうつ病の予防と改善に有効であるという無作為介入試験のメタ解析結果5)をご紹介します(図6)。この報告でもう一つ重要なポイントは、うつ病の患者さんにユーモアで笑ってもらおうとしても十分な効果はなかったのですが、『無条件の笑い(面白いから笑うのではなく、行為としての笑い)』というアプローチならば効果的だったという点です。つまり笑いの医学的効果は、ポジティブ感情からだけでなく、笑うという行為そのものからも発揮されるということです。
図6
誤解を恐れず言うならば、うそ笑いでも健康効果は同じということです(図7)。少なくとも“笑う”という“行為”は、“面白い”という感情の独占物ではありません。笑いを呼吸法と身体を使った運動と見立てる笑い体操や笑いヨガなど、実際に医学的効果の研究・報告がされている方法があります。ぜひ皆さんも色々リサーチして実践し、笑いの効用を体感してみてください。
図7
余談ですが、“面白い”の語源は、斎部広成の『古語拾遺』6)にあるように、天の岩戸の前でアメノウズメノミコトが神楽を舞って笑いを巻き起こし、様子を伺おうと顔を出したアマテラスの光によって八百万の神々の顔面が白く照らされたことにあるそうです(図8)。
図8
ここで、“笑顔”と“笑い”の違いについて解説します。“笑い”のポイントは、表情と発声です。すなわち、“笑い(laughter)とは、笑顔(smile)+笑い声”ですので、呼吸運動の一種とも言えます(図9)。
図9
今までに検証された笑いの健康効果7)についてご紹介します(図10)。
図10
以上、笑いの様々な健康効果やその実践方法について述べてきました。最後に『笑いは伝染する』8)というメッセージをみなさんにお伝えして終わりにしたいと思います(図11)。
図11
追記:
ここまで読まれて笑いの健康効果について興味を持たれた方のために、「1日1回!大笑いの健康医学」7)8) という書籍をおすすめします。笑いと健康に関する膨大な研究からわかってきた情報が満載で、楽しく学べると思います。著者の大平哲也先生は日本笑い学会理事で福島県立医科大学医学部疫学講座主任教授および大阪大学大学院医学系研究科招聘教授、大阪府10歳若返りプロジェクトアドバイザー会議のメンバーでもあります。
【参照資料】
1) Psychol. Sci. 21(4),542-544(2010);“Smille Intensity in Photographs Predicts Longevity”
2) 笑い学研究27(2020.8);笑いと身体心理的健康・疾病との関連についての近年の研究動向−2010年〜2020年の観察研究、介入研究を中心に−
3)フレイル予防を通しての健康長寿まちづくり−住民によるフレイル予防活動の取組−;関東厚生局 フレイル対策及び在宅医療の普及等に関する説明会・意見交換会(平成30年1月19日)18ページを改変引用
4)同上17ページを改変引用
5) Soc.Sci.Med.2019(232)473-488 Fig7を改変引用(View PDFをクリックすると無料ダウンロードできます);“Laughter-inducing therapies:Systematic review and meta-analysis”
6)「上天(あめ)初めて晴れ、衆倶(もろとも)に相見て、面皆明白(おもみなしろ)かり」;斎部広成『古語拾遺』
7)「1日1回!大笑いの健康医学」(さくら舎、大平哲也)序章より引用
8)同上第5章より引用
北野克宣(きたの かつのり)
医療法人菅井内科 副院長/抗加齢・生活習慣病センター長
医師/産業医/医学博士(金沢大学)
健康マスター推進リーダー/健康マスターエキスパート・普及認定講師
日本抗加齢医学会 評議員/アンチエイジングドック推進委員
学会認定専門医(総合内科、循環器、禁煙、抗加齢医学)
日本臨床コーチング協会認定コーチ
NPO法人 禁煙推進の会えひめ 理事
日本笑い学会 笑いの講師団 “笑顔と健幸の伝道師”
日本臨床栄養協会認定NR・サプリメントアドバイザー
日本ポジティブ心理学協会認定ポジティブ心理学プラクティショナー
ラフターヨガ・インターナショナル・ユニバーシティー認定笑いヨガリーダー
日本ヨガメディカル協会認定マインドフルネスヨガセラピー指導士/セラピスト