【健康な高齢化・各論③精神的能力(中編)】
『希望やレジリエンスを高めるためのジョブ・クラフティング』
百年健幸を目指して始めたライフワーク『笑顔と健幸プロジェクト』を通じ、WHOが提唱する“ヘルシー・エイジング(健康な高齢化)”を社会実装すべく活動しております。具体的には、“機能的能力”を決定する精神的能力、身体的能力、生活環境の開発および相乗効果を促す取り組みをしており、実例やその背景を紹介していきます。
先月に続き今月も個人の“内在的能力”のうち“精神的能力”に焦点を当て、「希望やレジリエンスを高めるためのジョブ・クラフティング」についてご紹介していきます。
ストレスや疲労で希望やレジリエンスは枯渇する
4月のコラム図表4でも少し触れましたが、仕事でストレスや疲労が蓄積するとそこから活力を得ることが難しくなり、希望やレジリエンスといった個人の資源(心理的資本)が枯渇してワーク・エンゲイジメントが低下してしまいます(図1)。
図1(4月号コラム図表4の再掲)
希望とは何か
希望(望む力/Hope)とは、“目標は達成できる”という人々の期待感です。また、目標に向かって行動するためのモチベーション(発動性・Agency/Will Power)と、目標に到達するための具体的な方法(経路/Way Power)を踏まえて、自分の目標(達成したいと思う事柄/What Power)について考える統合的なプロセスです(Snyder,1995)。すなわち、目標を実現するための活動に従事することに加え、目標を明確に言語化する能力も必要となります。なぜならば、目標とは希望をつなぎとめるものだからです。
レジリエンスとは何か
(心理学的)レジリエンスとは、さまざまなストレス源(ストレッサー;人間関係や仕事上の悩み、健康問題など)や逆境にさらされても、“自分の目標を達成するために”回復・再起する力を指します。すなわち、ここでも目標設定が重要となります。
6つのレジリエンス・コンピテンシー(図2)
レジリエンスの高い人に共通する能力として、以下の6つが特定されております1)。
・自己の気づき(Self-Awareness):自分の思考、感情、行動、生理学的反応に注意を払う能力
・自己コントロール(Self-Regulation):望ましい結果を得るよう自分の思考、感情、行動、生理学的状態を変化させられる能力
・現実的楽観性(Optimism):ポジティブなことに気づき、期待し、自力でコントロールできるものに集中し、目的を持った行動が起こせる能力
・精神的柔軟性(Mental Agility):状況を多角的に見て、創造的かつ柔軟に考えられる能力
・徳性の強み(Strengths of Character):最高の強みを活用して自分の真の能力を最大限に発揮し、困難に打ち勝ち、自分の価値観に合った人生を創造する能力
・関係性の力(Connection):強い信頼関係を築き、維持する能力
図2
ペンシルバニア大学ポジティブ心理学センター「レジリエンス・スキルセット」より引用
近年、人手不足の下での働き方改革の一環として、また業務の効率化・知見の蓄積・サービス品質の安定化を目的として、人に仕事をつける働き方から仕事に人をつける“業務の標準化(属人化の解消)”を推進する企業が増えてきております。一方で、そういった変化に対し不安やストレスを抱え、希望やレジリエンスといった個人の資源(心理的資本)が枯渇する人もおられます。
これらの課題に対する解決策として、職場での心理社会的介入にポジティブ心理学を活用したワーク・エンゲイジメントが注目されています2)3)4)。
その中から今回は、個人の資源(心理的資本)への心理社会的介入によってワーク・エンゲイジメントを高めるジョブ・クラフティング研修プログラム5)6)をご紹介します。これは、やらなければいけない仕事を、労働者自身がやりがいのある仕事となるよう工夫を加えるアプローチです(図3、図4)。
図3
慶應義塾大学総合政策学部 島津明人 研究室 ジョブ・クラフティング研修プログラム(実施マニュアル)3ページより引用
図4
慶應義塾大学総合政策学部 島津明人 研究室 ジョブ・クラフティング研修プログラム(実施マニュアル)8ページより引用
参照資料の最後にワーク・エンゲイジメントとレジリエンスのお勧め図書8)9)を紹介しております。興味がある方は、どうぞお読みになってみてください。
次回は、“個人の資源(心理的資本)を増やすための疲労回復と活力増強”という観点から、4月の『ワーク・ライフバランス』で触れた“良い休み方(リカバリー経験)”について掘り下げてお話しします。
【参照資料】
1)ペンシルバニア大学ポジティブ心理学センター「レジリエンス・スキルセット」
https://ppc.sas.upenn.edu/resilience-programs/resilience-skill-set
2)ポジティブ心理学とは、“ウェルビーイング7)の科学的研究の総称”です。1998年にペンシルバニア大学心理学部教授のSeligmanが米国心理学会(APA)会長就任時に、21世紀の心理学の方向性として、こころのポジティブな側面に関する研究を発展させる目的で提唱し誕生しました。3大主要実践分野としてキャラクター・ストレングス(徳性の強み)、楽観性&レジリエンス、ポジティブ心理学的介入があります。現在、国際ポジティブ心理学会(IPPA)を中心に世界各国に支部があります。日本支部は、日本ポジティブ心理学協会(JPPA)です。JPPAのサイトにポジティブ心理学の主要論文の和訳が紹介されておりますので、学術的に正確な情報や観点に興味がある方はぜひともご覧になってみてください。他にも、医療関係者を中心とした日本ポジティブサイコロジー医学会(JPHP)などの学術団体があります。
3)職場での心理社会的介入におけるポジティブ心理学の活用―ワーク・エンゲイジメントに注目して―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjomh/31/3/31_132/_pdf/-char/ja
4)「働きがい」を持って働くことのできる環境の実現に向けて(令和元年版・労働経済白書第Ⅱ部第3章の抜粋)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
5)ジョブ・クラフティング研修プログラム(実施マニュアル)
https://hp3.jp/wp-content/uploads/2019/09/14.pdf
6)厚生労働科学研究成果データベース「ジョブ・クラフティング介入プログラム実施マニュアル」
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2018/183021/201822004B_upload/201822004B0016.pdf
※参考資料5)6)は、慶應義塾大学総合政策学部 島津明人 研究室の研究成果物です。ご使用にあたっては、引用元を明記くださいますようお願いします。
7)米国心理学会(APA)は、ウェルビーイング(Well-Being)とは「苦痛や困難の度合いが低く、身体的・精神的な健康状態や見通しが全体的に良好で、幸福感や満足感がある状態、または生活の質(クオリティ・オブ・ライフ:QOL)が良好な状態」であると定義しております。なおウェルビーイングの構成要素については、SeligmanのPERMA理論やDienerの主観的ウェルビーイング理論以外にも、Deci & Ryanの自己決定理論、C.Ryffの心理的ウェルビーイング理論、Franklinの成長繁栄と生存論など、様々なモデルが提唱されており未だ統一した見解はありません。
8)新版ワーク・エンゲイジメント(島津明人、労働調査会)
https://www.chosakai.co.jp/publications/27132/
→ワーク・エンゲイジメントの概念と豊富な研究データが一緒に分かりやすく解説されているため、実務担当者におすすめの一冊です。
9)「折れない心のつくりかた」(日本ポジティブ心理学協会著、すばる舎)
https://www.subarusya.jp/book/b251379.html
→500万人の大規模研究で効果が実証されているPRP(ペン・レジリエンス・プログラム)をわかりやすく紹介しており、実践的で使いやすくおすすめです。
北野克宣(きたの かつのり)
医療法人菅井内科 副院長/抗加齢・生活習慣病センター長
医師/産業医/医学博士(金沢大学)
健康マスター推進リーダー/健康マスターエキスパート・普及認定講師
日本抗加齢医学会 評議員/アンチエイジングドック推進委員
学会認定専門医(総合内科、循環器、禁煙、抗加齢医学)
日本臨床コーチング協会認定コーチ
NPO法人 禁煙推進の会えひめ 理事
日本笑い学会 笑いの講師団 “笑顔と健幸の伝道師”
日本臨床栄養協会認定NR・サプリメントアドバイザー
日本ポジティブ心理学協会認定ポジティブ心理学プラクティショナー
ラフターヨガ・インターナショナル・ユニバーシティー認定笑いヨガリーダー
日本ヨガメディカル協会認定マインドフルネスヨガセラピー指導士/セラピスト